
「学びと、本棚」は、デザイナーや映画監督、アーティスト、漫画家など創作の最前線で活躍するみなさんに、自身の人生のなかで“学び”につながった1冊を紹介してもらうコーナーです。お守りのように大切にしたいもの、教訓にしたいものなど、その人それぞれのエピソードをうかがいます。
第2回目にご登場いただくのは、企業や商品のビジュアルアイデンティティを中心に、ロゴやパッケージデザイン、空間のインフォメーションデザインまで幅広く手がけているアートディレクターの木住野彰悟さんです。2025年に著書『「らしさ」の設計』も刊行された木住野さんの1冊とは?
『部長 島耕作』(弘兼憲史/講談社)
https://www.kodansha.co.jp/titles/1000000796
課長から社長、会長へと出世していくおなじみの「島耕作シリーズ」ですが、中でも僕が特に印象に残っているのが『部長 島耕作』編です。漫画とはいえ、社会人としての考え方や振る舞いなど、仕事のリアルが詰まっています。
特に部長時代は、立場が上がることで責任や判断の重さが増し、より人間の本質や泥臭い部分が見えてくる章です。

一番心に残っているのは、第4巻のワイン事業のエピソードです。大阪に巨大なワイン倉庫を持つ、ワインをこよなく愛するワンマン社長の稲葉という人物が出てきます。彼が愛人とのトラブルから、長年集めてきたヴィンテージワイン200本以上を粉々にされてしまうという衝撃的な事件が起きるんです。普通なら取り乱して当然の場面で、うなだれているはずの稲葉が島耕作に、
「人生には解決のつかないことがたくさんある。解決のつかないまま生きていくのが人生だ」
というようなことを言います。これは記憶にあるセリフのニュアンスで、実際のセリフとは違いますが、この言葉が強く残りました。
僕らがやっているクライアントワークも同じで、白黒はっきりしないことばかりです。最初からきれいな正解があるわけでも、誰かが完璧に解決してくれるわけでもない。その割り切れない“間”をどう引き受け、その中でどうベストを目指すかが問われます。
これって、ヘーゲルの弁証法でいう「テーゼ」と「アンチテーゼ」のあいだから「ジンテーゼ」を見出す思考にすごく近いなと。物事をストレートに捉えるだけじゃなく、一度ぶつけて、揺らして、その上で新しい答えを導き出す。クリエイティブもまさにそうです。
下手なビジネス書を読むよりよほど実践的で、しかも面白い。読みながら自然と「ものごとの本質」について考えさせられる一冊です。
「旭川市デザインシステム」アートディレクション、「コクヨ」リブランディングプロジェクトCI/VI監修、「MUFGスタジアム(国立競技場)」アートディレクション、NHK「放送100年」プロジェクトロゴデザイン、「不二家洋菓子店」リブランディング、EXPO2025「大阪ヘルスケアパビリオン」デザインなど。
2026年開催の「前橋国際芸術祭」のデザインディレクターに就任。2025年に初の著書『「らしさ」の設計』を刊行。2016年にD&ADグラフィック部門審査員、2017年からグッドデザイン賞の審査員、2023年からコクヨデザインアワードの審査員、2026年にNYADCの審査員を務める。

「哲学」です。日々考えていることは、昔同じように考えていた人がいたんだと気付き、もっと他にも知りたいと思いました。

アートディレクター/グラフィックデザイナー。1975年東京都出身。2007年グラフィックデザイン事務所6D設立。企業や商品のビジュアルアイデンティティを中心に、ロゴやパッケージデザイン、空間のサインデザインなどを手掛ける。近年は多様な領域でのデザインシステム構築にも取り組んでいる。
D&AD、カンヌ、アジアデザイン賞、東京ADC、JAGDA、サインデザイン賞、パッケージデザイン賞など国内外のデザイン賞を多数受賞。