学びと、本棚-西塚涼子さん

「学びと、本棚」は、デザイナーや映画監督、アーティスト、漫画家など創作の最前線で活躍するみなさんに、自身の人生のなかで“学び”につながった1冊を紹介してもらうコーナーです。お守りのように大切にしたいもの、教訓にしたいものなど、その人それぞれのエピソードをうかがいます。

記念すべき初回にご登場いただくのは、アドビ プリンシパルデザイナーである西塚涼子さんです。日頃から文字と向き合う西塚さんの1冊とは?

■「学び」につながった1冊
『活字地金彫刻師・清水金之助: かつて活字は人の手によって彫られていた』

https://ykakr9.wixsite.com/kinnosuke

活字地金彫刻師、清水金之助の半生をたどる一冊です。活字のもとになる「種字」を、原寸で左右逆に手彫りするという驚異的な技術、それが活字地金彫(種字彫刻)です。鉛と錫の合金でできた小さな活字材に、下書きもなく美しい文字を刻み込むその技は、新聞や書籍に命を吹き込みました。わずか数ミリの世界で繰り広げられる神業を、金之助さんはどうやって身につけたのか、聞き書きをまとめた記録です。

『活字地金彫刻師・清水金之助: かつて活字は人の手によって彫られていた』書籍版 書影。書籍版は2011年に限定500部で制作されたため入手は難しいですが、電子版は2022年に刊行されています

金之助さんがご存命中に、実際に種字を彫る実演を拝見する機会がありました。その脅威の技に魅入ったのをはっきりと覚えています。日本語は最古の文字(474年)から現代までに手書きがあり版画があり、活字、写植、そして現代のデジタルへと移行してきました。

この本では、金之助さんの半生を通じてタイプデザインの大きな時代の流れの中で栄華を極めた活字が衰退していく様や、その中で職人たちが体で習得した凄まじい技術があったことがわかります。当時の生活がとても身近に感じられるような語り口で読めるのも貴重だと思います。

金之助さんがつないでくださった形をまた勉強し、受け継いでいく私たちタイプデザイナーの責任を、ずっしりとした鉛の重さと共に受け取ったような気がしました。

■最近手がけたお仕事

2025年2月にリリースした「百千鳥(ももちどり)」は、バリアブルフォントの技術によって縦長横長の形に変化することができる画期的な日本語フォントです。1つのフォントファイルだけを用いて、書体ファミリーに含まれる多様な太さやスタイルの連続するバリエーションの中のどれでも、即座に使うことが可能になりました。

西塚さんが手がけたフォント「百千鳥」

この百千鳥はこのような最先端の技術を駆使しつつ、伝統的な日本語の雰囲気を含ませたオリジナルのデザインになっています。昭和初期にあったような手書きの文字や金属活字、書道などが好きで、人の手が感じられるような形を常に模索し、そこに最先端の技術を取り入れながら、文字文化の魅力を未来へとつなぐフォントづくりに挑戦しています。

■プロフィール

アドビ プリンシパルデザイナー。1995年武蔵野美術大学卒業後、1997年アドビ入社。「小塚明朝」「小塚ゴシック」開発に携わり、かな書体「りょう」「りょうゴシック」、フルプロポーショナルかな「かづらき」、CJKフォント「源ノ角ゴシック」「源ノ明朝」、「貂明朝」、「ヒグミン」などを制作。2025年、日本語初の縦横比可変バリアブルフォント「百千鳥」をリリース。「かづらき」を機に書道を学び雅号は星峰。モリサワタイプデザインコンペ、NY TDC受賞、東京TDC入選。