
リスキリングという言葉が定着してきたいま、改めて「学ぶこと」の大切さとは何か? インタビューシリーズ「学びをひらく」では、その問いに向き合うべく、“学びの場”をひらく人々を訪ねます。
初回は、クリエイティブユニット・KIGIとクリエイターの有志が共に運営する「OUR FAVOURITE SHOP」から派生したデザインスクール「OFS式 寺小屋〜デザインの学校〜(以下、OFS式 寺小屋)」にフォーカスします
2024年に開講した同校は、日本を代表する第一線で活躍中のクリエイターたちが講師を務め、少人数制で密度の濃い指導をおこなうデザインスクール。主宰を務めるのは、植原亮輔さんと森谷健久さんです。予備校時代からの盟友であるお二人に、学びの場をつくった経緯や授業の内容、そして「学び続ける意義」などのお話を聞きました。
――お二人は予備校時代からのお付き合いだとお聞きしています。「OUR FAVOURITE SHOP(以下、OFS)」を一緒に立ち上げるまで、どのような関係を築いてこられたのでしょうか?
森谷健久さん(以下、森谷):僕らは同い年で、札幌の予備校で出会いました。僕が2浪が決まったタイミングで別の予備校に転校した際、そこにいたのが植原です。絵が上手な彼の姿を見て、「自分も頑張ろう」と思ったのを覚えています。僕は1年遅れて違う大学に進学しましたが、大学時代もお互いの家をよく行き来していましたね。当時、彼の家にはA3より少し大きいサイズが出力できるプリンターがあったので、印刷させてもらったこともありました。

植原亮輔さん(以下、植原):懐かしい。当時は、A3をプリントするのに6時間くらいかかりましたね(笑)。プリントアウトを待っている間に一緒にお酒を飲んだことは、いまも覚えています。社会人になってからの下積み時代もしょっちゅう飲んでたよね。たまに一緒に仕事をしたこともあったけど。
森谷:そうだったね。ただの友達なら疎遠になりがちですけど、一緒に仕事をしたり、2015年に「OFS」を立ち上げたりと会う機会が続き、気づいたら長い付き合いになっていました。

――2024年5月に、「OFS式 寺小屋〜デザインの学校〜」を開講されました。学びの場をひらこうと思ったきっかけを教えてください。
植原:一番のきっかけは、KIGIの10周年を記念して開催した「KIGIのカレンダー学校」ですね。これまでも人前で話す機会はありましたが、1回限りの講義だと、参加者に何を還元できたのかわからないまま終わってしまうことが多かった。その点、「カレンダー学校」は全6回のワークショップを通じてコミュニケーションを重ねながら進めるので、受講者がどんどん良いものをつくっていく過程が見えて、それが本当に面白かったんです。

植原:もう一つ、「業界に貢献したい」という思いもありました。「大学で教えないか」と声をかけていただくこともあるのですが、タイミングが合わずお断りしてきた経緯があります。教育という観点からグラフィックデザイン業界に貢献できればと考え、スクールの立ち上げを企画しました。
森谷:僕にとっては、コロナの影響が大きかったです。リモートで仕事ができるようになったコロナ禍でしたが、人とのコミュニケーションが途切れてしまったと感じる場面が増えました。若いデザイナーも同じで、上司から直接指導を受けられない、隣の同僚が何をしているかわからないといった状況が生まれていた。クリエイター同士の深いコミュニケーションが生まれる「学びの場」をつくる必要性を強く感じていたんです。
植原:近年はフリーランスや個人事務所、企業のインハウスデザイナーが増えた一方で、かつてのようにデザイナーが集団で働き、互いに切磋琢磨できる大型事務所は存続が難しくなってきている。結果として、横のつながりや世代を超えたコミュニケーションの機会が減ってしまっています。だからこそ、集まって意見交換やアドバイスし合える場をつくることは刺激にもなるし、意味があると思いました。
——お二人の想いが詰まった「OFS式 寺小屋」ですが、改めてどんなスクールなのか概要を教えていただけますか?
森谷:OFS式 寺小屋の「グラフィック編」は、第一線で活躍するグラフィックデザイナーから半年間にわたって直接指導を受けられるスクールです。5人の講師による全5コースを開講しています。講義は全6回。各コースで設定された課題の提出に向けて、ラフ制作と講師からのフィードバックを繰り返していくという内容です。2025年開催の2期目からは、課題提出のない「特別講義クラス」も新設しました。

植原:講師は僕のほかに、DRAFTの同期で先輩の柿木原政広さんや、6Dの木住野彰悟さん、Allright Graphicsの髙田唯さん、Pangraphicsの矢後直規さん。2期目からは、同じくDRAFTの後輩である関本明子さんにも加わってもらいました。もともとお付き合いのある方や、「OFS」で展示をしてくださった方などが多いですね。
森谷:まさに「OFS」に縁のある方々ですね。コースの内容は、講師それぞれの得意分野を活かしながらテーマが被らないように調整しています。例えば柿木原さんは、1期目は「美術館とグラフィックデザイン」というテーマでしたが、2期目は彼が力を入れている「絵本のデザイン」をテーマにお願いしました。講師の近況や強みに合わせて、相談しながら決めています。

――ほかのスクールにはない、「OFS式 寺小屋」の特徴を教えてください。
森谷:1つは、少人数であることです。1期目は15名でしたが、それでも密なコミュニケーションが取りづらかったので、2期目は12名に減らしました。小さなコミュニティだからこそ講師と受講生の距離がすごく近く、一人ひとりの講評の時間も長い。そうした交流が生まれる環境づくりを大切にしています。「寺子屋」ではなく「寺“小”屋」という漢字表記にしているのも、そうした意味合いがあります。
植原:コミュニケーションが密だからか、受講生同士の仲がすごくいいんですよね。
森谷:そうそう。柿木原さんのクラスでは、土門拳写真美術館のロゴリニューアルのコンペに全員が参加する課題で、現地の山形県酒田市までフィールドワークに行ったとか。自然とそういう動きも生まれています。
植原:あと、講義後の21時からの「カフェタイム」も特徴です。講評は全員の前でおこないますが、みんなの前だとどうしても言いづらいフィードバックもあって。あまりダメ出しばかりすると、その人だけが悪目立ちしてしまいますが、「カフェタイム」なら個別にじっくり話せるし、本音のアドバイスができる。講師と受講生、どちらにとってもいい時間だと思います。

森谷:リラックスした雰囲気の中で、講評では言い切れなかった突っ込んだ話もできる。あの時間は受講生にとって大きな学びの場であり、受講生同士のコミュニケーションの時間でもあるんです。ほかのクラスの受講生もカフェタイムに参加できる仕組みにしているので、植原コースのカフェタイムに木住野コースの受講生が来て交流する、といった横のつながりも生まれています。
——半年間の講義を通じて、受講生にはどんな成長が見受けられましたか?
森谷:具体的な成果としては、広告代理店に勤務の受講生がNYADCやOneShowでグランプリを獲得するなど、寺小屋の講義で何かを掴み取り、国内外で評価を受ける人も出てきています。また、毎回プレゼンテーションがあるので、最初は緊張して話せなかった人が回を重ねるごとに自信がついて、人前で話すのが上手くなっていく。技術的なスキルだけでなく、そういった成長も見られますね。
植原:熱心な人は、カフェタイム以外にも機会を見つけて相談に来たりするんですよ。僕は金曜の夜にOFSで角打ち酒場をやっているんですが、そこに来て作品を見せてくれることも。そうやってどんどん作品が良くなっていく姿を見られるのは面白いですね。
——なるほど、成長が目に見えるのは素晴らしいですね。では、スクールを開催したことで、ご自身にとっての学びや変化はありましたか?
植原:僕自身にも新しい学びや発見がたくさんありました。講義をおこなうには、自分の伝えたいことを一度整理し直す必要がありますよね。僕はアートの潮流を汲み取ってデザインに活かしているところがあるので、その話をするために改めて僕なりのアートの歴史を紐解き、解説しました。そうした準備のプロセスが、自分にとっての気づきや理解の深まりにつながったと感じています。
森谷:そういう意味で言えば、5人の講師の授業を半年間ずっと聞けるので、僕が一番役得かもしれません(笑)。今年の2月に開催した「写真編」では、上田義彦さんや新津保建秀さん、瀧本幹也さんなど、名だたるメンバーを講師に迎えました。彼らのように、普段話を聞けないような方々の考え方をじっくり聞ける機会って、大人になるとほとんどありませんからね。

植原:講師のみなさんとは仕事やプライベートで関わる機会はありますが、彼らの考え方や、作品づくりの背景にある思考までは知らないことが多いんですよね。自分もいろいろ考えてきたつもりだったのに、「もっと深く考えている人がいたんだ」と気づかされる場面もあって。この歳になって人の授業を聞くというのは、とても刺激的で面白い経験ですね。
——学びの場から、新たなつながりやプロジェクトが生まれることもあるのでしょうか?
森谷:実際に、仕事に繋がったり、新しいプロジェクトが生まれたりしています。受講生が講師に仕事を相談することもあれば、講師が受講生に発注することもある。なかには、受講生同士で仕事が発生するなんて光景も見受けられました。
植原:2025年3月に京都でも寺小屋を開催したのですが、そこで出会った受講生と一緒に、新たなプロジェクトが生まれる兆しも見えています。 東京だと若いデザイナーが多いですが、地方で開催すると本気で何かに悩んでいる経営者が来たりするんですよ。そこから仕事に繋がる可能性もあるというのは、新たな発見でした。

森谷:正直、予想外だったよね。でも、この場所を起点に新しい何かが生まれるということが、この2年間で確実に起こっています。受講生は毎年およそ100人規模で増えていくので、これからも寺小屋を中心にまた新しい動きが生まれていく──そんな手応えを感じています。
植原:いまの時代、個人がどういう風に生きて、どんなコミュニティに属するかがますます重要になっている。だからこそ、寺小屋を起点としたコミュニティは受講者自身の成長や、活動の場が広がる可能性を持っていると思います。受講者がステップアップして、将来的にOFSで展覧会を開くことだってできる。そうしたきっかけをつくる場でありたいですね。
——お二人ご自身の「学び」についてもうかがいたいと思います。これまでの経験で、学びにまつわる印象的なエピソードはありますか?
植原:僕の場合、「具体的な方法論を指導する人に出会わなかった」ということが、逆に学びだったなと思います。予備校時代も大学時代も、考え方やイメージを語る先生が多くて(笑)。でも、だからこそ自分で考える力は身についたと思います。社会人になってからも自分で考え、実践しながら学んできた。そんな環境が逆に自分を成長させてくれたと思っています。
森谷:リクルートの創業者の言葉に『自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ』というメッセージがあるのですが、まさにそこは大事ですよね。寺小屋も、OFSもそう。自分たちで場やプロジェクトを立ち上げることで、新しい学びが生まれ、そこから自分たち自身も変わっていける。そういう循環をこれからもつくり続けたいです。

——そうした経験を経て、「学び続ける」ことの大切さについてはどう考えていますか?
植原:これは僕のイメージですが、人って最終的に「球体」になりたいんだと僕は思うんです。完璧な状態が球体ということとして聞いてください。
惑星が生まれたときは火山や洪水で荒れていて、それがだんだん落ち着いて、つるんとしてくるでしょ?クリエイターも同じで、経験を積むと完成度が上がっていく。でも、一度つるんと球体になってしまったら、それは変化が止まりはじめているサインでもある。だから“学ぶ”というのは、そこにもう一度波や揺さぶりを起こして、つねに自分を磨き続けることなんだと思います。
若い人でも、小さくつるんとした惑星で「完成した」と思ってしまう場合がありますよね。学生時代に褒められたイラストだけを描き続けてしまうとか。でもそこに「そのイラスト、もっとデザインと絡めてみたら?」と一言かけてくれる人がいると、また新しい変化が生まれるんです。いかに惑星を成長させていくか……そのためには、荒波なり火山なりを起こしながら成長していく。それを繰り返すことで、惑星はどんどんたくましくなっていくんだと思います。
森谷:たしかに。早く走れるようにと一生懸命走っては転んで、かさぶたができて……その繰り返しで人は成長していきますからね。最初は「球体」と聞いてわかりづらかったけど、だんだんわかってきた(笑)。1点だけを目指すとそこにしかたどり着けないけど、違う環境に飛び込んだり、いろんな人の話を聞いたりすることで、道は広がっていく。寺小屋はまさに、大きな惑星になれる場所かもしれません。
——最後に、「OFS式 寺小屋」の今後の展開について教えてください。
森谷:2025年11月に第2期が終了し、2026年は写真編の第2期とグラフィック編の第3期がスタートします。さらに、新たに「空間&プロダクト編」も開講します。フラワークリエーターの篠崎恵美さん(edenworks)、プロダクトデザイナーの倉本仁さんを講師に迎える予定です。寺小屋としては今後も「グラフィックデザイン」を中心に据えながら、そこから自然に派生するかたちで写真や空間、Webや映像などへとジャンルを広げていけたらと考えています。
そして、10期、20期と続いていけば、いま以上に大きなコミュニティになっていくはずです。そうなったとき、この場所だけでは手狭になるかもしれないし、講師の数や拠点の規模も変化していくかもしれない。場合によっては、学校法人のような形に発展する可能性だってあるかもしれませんね。

植原:学校法人化がいいのかはわからないけれど、寺小屋をはじめたときに「バウハウスのような場にしたい」という話をしていたのを覚えています。バウハウスのようにここから新しい動きが生まれ、日本のグラフィックデザインを盛り上げていく場になれたら嬉しいですね。
森谷:そうですね。ゆくゆくは、「アジアの学びの場」として展開していくのも面白そうです。実際に、香港や台湾などから「講義をしませんか」という話をいただいています。「OFS式 寺小屋」が日本を飛び出し、世界へ広がっていくのを想像すると、いまからワクワクしますね。
■OFS式 寺小屋
https://www.ofs.tokyo/terakoya/