「生まれ変わったら木になりたい」……。そう言い残して父は逝った。私が小学1年生のときだった。仕事熱心で誰からも好かれる人だったが、生活習慣病による早すぎる旅立ちだった。母は、父の願いを叶えるため我が家の庭に一本のタブノキを植えた。その木は今も私たち家族を見守り続けている。
だけど私には父の記憶があまりない。思い出すのがつらいから家族の間でも父の話はタブーだった。父はどんな人だったのか? 卒業制作を機に母との対話がはじまった。
ある日、母の言葉に衝撃を受けた。母は昼の弁当も含め父の3食を賄っていた。だから父が死んだとき、「私が殺したようなもの」と激しく自分を責めたそうだ。苦しみ抜いたすえ、母は「食」と向き合うことを選択し、「薬膳」と出会う。そして資格を取るため学校に通い、経営などしたこともないのに薬膳カフェの店をオープンさせた。50歳になったのを機に店は閉めたが、いまも講演活動などで食の大切さを伝え続けている。
父の死から15年……。母との対話は今だからこそ、そしてカメラがあったからこそできたと思う。最後に父がいなくなってからの家族の歩みを聞いた。母は「大成功」と言って明るく笑った。