大学院に入学後、プロレス観戦が趣味になった。客席から見るリングは、スポーツから縁遠かった私には不可侵な領域に思えていた。
しかし2024年に「谷綿ヒヨリ」としてデビューしてから、その距離は一気に反転した。
選手として試合を重ねていたある日、友人に「私でもプロレスラーになれそう」と言われた。
普通は少し引っかかりそうな言葉なのに、私はとても嬉しかった。試合中の私を媒介に、友人は自分ごととして「リングに立つ自身」を想像し、プロレスという世界が自分に開かれているという感覚を手にしていたからである。
本作品はリングを学内に設置し、本来なら不可侵であるリング真上の視点から、試合の様子を撮影した。その映像をリング上に投影し、鑑賞する構成になっている。鑑賞者はリングに立ち、リング内部の視点を受け取ることで、リングの出来事と地続きになる感覚が生まれる。
このリングは闘うためのものではない。
あなたを迎え入れ、あなたと立つためのリングである。プロレスを知らない人にも、「この世界は自分にもひらかれているのかも」と感じてもらい、新しいフィールドへ踏み出す背中を、そっと押す装置になればと思う。
作者受賞歴
2026年:第74回 東京藝術大学 卒業・修了作品展 サロン・ド・プランタン賞